| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 時代区分 | 近世(1590-1870) |
| 西暦 | 1851 |
| 年号 | 嘉永4年(1851)辛亥 |
| 君主 | 大久保忠愨 |
| 政治・経済 | 2.30~8.4 大久保忠愨,小田原へ帰城する[Ⅰ-2] 2.━ 福浦村(湯河原町)の魚仲買株を持つ代官町庄三郎が困窮したため市郎兵衛に代売りを頼む[Ⅲ-197] 3.2 小田原藩,主段金5000両の積み立てなど助郷役場改革の功績により壗下村(南足柄市)名主加藤与惣右衛門に苗字を許し,生涯米3俵を支給する[南2-94] 3.━ 小田原藩,浦固め用染め物御用の功績により板橋村紺屋頭津田藤兵衛に帯刀を許す[Ⅲ-198] 7.━ 三筋惣代が前年の異国船出役人足賃銀(村高100石につき240文)を領内村に割り当てる[御2-8-19] 8.27 江戸本所石原(墨田区)の小田原藩下屋敷を加納久徴へ譲り渡す[Ⅰ-2] 9.4 小田原藩,海防のため硝石の他国移出を禁止する[県5-109] 9.━ 小田原藩,村再興に尽力した曽比村名主格与右衛門・同広吉・中島村名主久左衛門・池上村名主太次兵衛・沼田村(南足柄市)名主為之助に脇差を許し,飯田岡村名主権左衛門に袴着用を許す[Ⅲ-199~204など] 10.20 米麦相場・銭相場や諸物価を米屋権兵衛らが韮山代官に報告する[Ⅲ-208] 10.25 四谷千駄ケ谷(新宿区)の竹腰勝紀屋敷を譲り受け,小田原藩の抱え屋敷とする[Ⅰ-2] 10.━ 小田原藩,家中へ一層の文武諸芸稽古を訓示する[Ⅰ-277] 12.6 小田原藩,箱根宿財政建て直しのため御厨領6組合の富裕者に計3000両の助成を命じる[御叢2-12-57] この年 小田原藩,酒匂川の飯泉作場渡しの旅人通行が絶えないので国府津村鷹野橋脇の道標を取り去る[Ⅲ-208] |
| 社会・文化 | 4.27 府川村で田畑山林の売買・請け戻しについて規定を定める[県5-235] 5.━ 別府信次郎,世話役として藩校諸稽古所等で家中に砲術を指導する 7.8 別府信次郎,山王原村下浜で高島流砲術稽古中に負傷する[Ⅰ-16] 7.━ 深沢良輔門人で,のち藩お抱え大工棟梁となる水田良温が大稲荷神社に算額を奉納する 8.4 小田原宿人足肝煎・問屋が御通行先払の不調法につき箱根関所定番人に詫びを入れる[Ⅲ-208] 9.━ 山角町茂助の滞納した酒造米代金について中島村利右衛門との間に内済が成立する[Ⅲ-205] 10.9~13 御厨領御殿場村(御殿場市)大坂屋惣兵衛が相撲を興行,郡中に宣伝の刷り物を配り,のち手鎖処分となる[御叢2-12-50・54] 10.11 小田原藩の神道無念流剣術可児隆直の門人86名が飯泉村勝福寺に絵馬を奉納する 12.11 竹花町嘉兵衛が伊勢御師亀田太夫所持の町内居屋敷について諸役負担請け負いを継続する[Ⅲ-206] この年 中宿町覚次郎が召し抱える食売下女を武家・僧侶に差し出し藩の取り調べを受ける[Ⅲ-207] |
| 国内・国際 | 1.3 アメリカ船に乗船していた土佐の漂流民中浜万次郎ら,琉球に上陸する 3.9 幕府,物価統制のため株仲間の再興を許可する 4.18 大原幽学の本拠である下総国長部村(干潟町)改心楼に関東取締出役手先の博徒が乱入,のち幽学は押し込め処分となる 4.━ 川越藩番士ら,観音崎砲台等の洋式化を幕府に要望する 5.━ 佐久間象山,江戸木挽町に砲術塾を開設する 7.━ オランダ船が中国で太平天国の乱の勃発したことを伝える 8.7 佐倉惣五郎の義民伝承をもとにした狂言「東山桜荘子」が江戸中村座で初演し,大当たりとなる この年 諸国,凶作で米価が高騰する |
時代区分
近世(1590-1870)
西暦
1851
年号
嘉永4年(1851)辛亥
君主
大久保忠愨
政治・経済
2.30~8.4 大久保忠愨,小田原へ帰城する[Ⅰ-2]
2.━ 福浦村(湯河原町)の魚仲買株を持つ代官町庄三郎が困窮したため市郎兵衛に代売りを頼む[Ⅲ-197]
3.2 小田原藩,主段金5000両の積み立てなど助郷役場改革の功績により壗下村(南足柄市)名主加藤与惣右衛門に苗字を許し,生涯米3俵を支給する[南2-94]
3.━ 小田原藩,浦固め用染め物御用の功績により板橋村紺屋頭津田藤兵衛に帯刀を許す[Ⅲ-198]
7.━ 三筋惣代が前年の異国船出役人足賃銀(村高100石につき240文)を領内村に割り当てる[御2-8-19]
8.27 江戸本所石原(墨田区)の小田原藩下屋敷を加納久徴へ譲り渡す[Ⅰ-2]
9.4 小田原藩,海防のため硝石の他国移出を禁止する[県5-109]
9.━ 小田原藩,村再興に尽力した曽比村名主格与右衛門・同広吉・中島村名主久左衛門・池上村名主太次兵衛・沼田村(南足柄市)名主為之助に脇差を許し,飯田岡村名主権左衛門に袴着用を許す[Ⅲ-199~204など]
10.20 米麦相場・銭相場や諸物価を米屋権兵衛らが韮山代官に報告する[Ⅲ-208]
10.25 四谷千駄ケ谷(新宿区)の竹腰勝紀屋敷を譲り受け,小田原藩の抱え屋敷とする[Ⅰ-2]
10.━ 小田原藩,家中へ一層の文武諸芸稽古を訓示する[Ⅰ-277]
12.6 小田原藩,箱根宿財政建て直しのため御厨領6組合の富裕者に計3000両の助成を命じる[御叢2-12-57]
この年 小田原藩,酒匂川の飯泉作場渡しの旅人通行が絶えないので国府津村鷹野橋脇の道標を取り去る[Ⅲ-208]
社会・文化
4.27 府川村で田畑山林の売買・請け戻しについて規定を定める[県5-235]
5.━ 別府信次郎,世話役として藩校諸稽古所等で家中に砲術を指導する
7.8 別府信次郎,山王原村下浜で高島流砲術稽古中に負傷する[Ⅰ-16]
7.━ 深沢良輔門人で,のち藩お抱え大工棟梁となる水田良温が大稲荷神社に算額を奉納する
8.4 小田原宿人足肝煎・問屋が御通行先払の不調法につき箱根関所定番人に詫びを入れる[Ⅲ-208]
9.━ 山角町茂助の滞納した酒造米代金について中島村利右衛門との間に内済が成立する[Ⅲ-205]
10.9~13 御厨領御殿場村(御殿場市)大坂屋惣兵衛が相撲を興行,郡中に宣伝の刷り物を配り,のち手鎖処分となる[御叢2-12-50・54]
10.11 小田原藩の神道無念流剣術可児隆直の門人86名が飯泉村勝福寺に絵馬を奉納する
12.11 竹花町嘉兵衛が伊勢御師亀田太夫所持の町内居屋敷について諸役負担請け負いを継続する[Ⅲ-206]
この年 中宿町覚次郎が召し抱える食売下女を武家・僧侶に差し出し藩の取り調べを受ける[Ⅲ-207]
国内・国際
1.3 アメリカ船に乗船していた土佐の漂流民中浜万次郎ら,琉球に上陸する
3.9 幕府,物価統制のため株仲間の再興を許可する
4.18 大原幽学の本拠である下総国長部村(干潟町)改心楼に関東取締出役手先の博徒が乱入,のち幽学は押し込め処分となる
4.━ 川越藩番士ら,観音崎砲台等の洋式化を幕府に要望する
5.━ 佐久間象山,江戸木挽町に砲術塾を開設する
7.━ オランダ船が中国で太平天国の乱の勃発したことを伝える
8.7 佐倉惣五郎の義民伝承をもとにした狂言「東山桜荘子」が江戸中村座で初演し,大当たりとなる
この年 諸国,凶作で米価が高騰する