| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 時代区分 | 近現代(1871-2000) |
| 西暦 | 1930 |
| 年号 | 昭和五年(一九三〇)丁卯 |
| 政治・経済・社会 | 1.17 国府津町公友会(政友会系,会長和泉国太郎)が創立[280] 2.20 第17回総選挙,岡崎久次郎・平川松太郎(民政),鈴木英雄・胎中楠右衛門(政友)が当選 3.14 小田原町水道委員会,水道水源を須雲川に決定[148] 3.30 小田原郵便局建築工事が竣工,事務取扱を開始[148] 4.19 足柄村,村の多額税源であった小田原紡織(株)の解散により,旧債の年賦償還が困難となったため,地租・営業税等の各付加税制限外課税を認められる(1929年から制限外課税を導入)[Ⅱ-166・170] 4.22 片浦村米神・石橋地区,片浦村からの分離独立を県に陳情[430] 5.━ 小田原町,湯本須雲川を水源とした上水道敷設を県に出願,湯本町会は県の諮問に対し絶対反対を申し合わせる[430] 6.━ 曽我村上曽我第1柑橘小組合が設立される[Ⅱ-237] 7.16 小田原町,酒匂村網一色に火葬場用地を買収し,県へ設置を出願[132] 7.18 酒匂村会,小田原町の火葬場移転反対を決議し,県へ反対を陳情[430] 7.25 足柄下郡町村,震災借入金返還延期の陳情運動を決定,小田原町は単独で運動を実施[280] 7.30 足柄民政倶楽部,足柄青年連盟(名誉会長永井柳太郎,顧問平川松太郎)を結成,発会式[280] 7.━ 酒匂村山王・網一色と足柄村今井の住民,火葬場移転反対運動を開始[430] 8.16 箱根登山鉄道(株),小田原一米神間に乗合自動車の営業を開始[384] 8.23 片浦村会,議員定数・小学校位置問題から議員が総辞職し,8月30日選挙,9月24日村長引責辞職,(1934年まで係争)[47,280] 8.28 小田原板橋水車組合,小田原町上水道の用水取水反対を県に陳情[35] 8.━ 片浦村江之浦震災復旧耕地整理事業が終了[119] 9.1 小田原町,社会委員を設置,事務取扱規則を施行(1937年方面委員と改称)[Ⅱ-267] 9.7 足柄政友倶楽部,不景気対策座談会を開催[430] 10.1 小田原町消防署を設置,消防組は改組して常設消防として発足[134,148] 〃 臼井欣五郎,臼井無料宿泊給食所を十字2丁目に開設[132] 〃 国勢調査,小田原町戸数5349,人口2万6148人[現-付] 10.2 山王川耕地整理組合,内紛と役員の不正から工事費がかさみ,組合員が山王川耕地整理組合革清会を組織し善後策を協議(山王川耕地整理問題)[Ⅱ-238] 10.4 小田原耕地整理出張所管内事業者(50数組合,総面積3500町歩),県に出張所の拡充と補助金交付を要求[Ⅱ-239] 10.14~16 (株)伊豆銀行小田原支店・足柄支店で取り付け[280] 11.20 大窪村,益田孝の後援で毛糸編物講習会を開催,1931年3月大窪編物会として三越本店へ販路を整える[35,36,408] 〃 田島村会,村税滞納整理を可決[430] 11.29 金田興行銀行が休業,下曽我支店を閉鎖[280] 12.27 中郡岡崎村の井沢勝之助,松田―国府津間乗合自動車の営業を開始[430] 12.━ 国府津町会,海岸にぬける防火道路開設を可決[430] この年 足柄上郡岡本村ほか4か村組合(南足柄村・桜井村・曽我村・足柄村)が設立される[301] 〃 中郡・足柄上郡・足柄下郡の町村長,県の震災借入金利子の町村予算への計上要請に対し,利子支払延納運動を展開[430] 〃 足柄下郡農会と下曽我・田島・豊川・前羽・酒匂・足柄の各村吏員俸給は,不況のため5分から1割減となる[280] 〃 川辺家と山王一色漁業組合間の定置網漁業権に関する1924年以来の係争が和解[Ⅱ-216] 〃 小田原駅構内人力車組合,小型自動車営業者におされ,自動車営業へ転業する者が出はじめる[430] 〃 片浦村,福岡県より宮川早生の苗木3000本を導入[154] |
| 文化・教育 | 1.1 下府中村,私立下府中学園を中里に設立,開校,1月8日から授業開始,千代小学校への同盟休校を開始[47,280] 1.8 小峰の黒田長成別邸が焼失[148,430] 2.4 保勝会,小田原城外郭の老松保存を県に陳情[38] 2.20 地震の回数が増加,震源は伊東と初島の間[148,430] 3.6 幸2丁目で火災,30戸が焼失[148] 3.━ 牧野信一,「吊籠と月光と」を『新潮』に発表 4.1 足柄下郡農業教育研究会が組織される[47] 4.13 小田原町震災復興祝賀式[148,430] 4.━ 牧野信一,「西部劇通信」を(『作品』)に発表 5.1 桃華女学校(下曽我村,設立者福原律太郎)が設立認可される[47] 5.17 小峰徳治,宮中武道大会で柔道渋川流の型を披露[430] 5.24 地震,時計の振子が止る[148] 6.26 下府中村,上府中村ほか2か村学校組合から分離,7月1日下府中村に分教場を仮設(1931年3月31日上府中村ほか2か村学校組合は解消)[47,228,280] 6.━ 横山和十郎,小田原読書家倶楽部を開業(新玉4丁目,私立通俗貸出図書館,~1932年)[114] 〃 足柄下郡女教員会が組織を復活(1931年6月初等教育研究会に編入される)[47] 10.12 頼朝会発会式[430] 10.30 鈴木清,町長・文部省より孝子表彰をうける[148] 11.3 賀川豊彦祈禱会,国府津メソジスト教会で開催される[89] 11.12 昭和天皇乗車の車輛,国府津駅にはじめて停車[430] 11.16 県廃娼期成会,廃娼運動講演会を小田原キリスト同胞教会で開催[89] 11.24 道了尊,東京御巡錫,帰山の神輿通過で町内にぎわう[430] 11.25 国府津町で火災,30戸が焼失[148,430] 11.26 午前4時3分強震,震度5(北伊豆地震),震源は伊豆修善寺付近で,箱根山を中心に被害,東海道線・熱海線不通,道路に亀裂が生じ,電灯・ガスの供給が止まる[148,430] 11.━ 御用邸敷地一部払下げ,城址公園敷地となる[134] 12.8 陸軍陸地測量部,北伊豆地震による土地変動調査を実施(~1931年1月)[430] 12.19 小田原御用邸が廃止され,県に有償譲渡[267] 12.23 小田原町,震災復興功労者に感謝状,金・銀・木盃を授与,義捐金の使途方法から返納する者も出て非難の声があがる[280] この年 小田原町青年会連合団13支部と筋違橋青年会が足柄下郡青年会連合青年団に加盟[47] 〃 湘南地方神の国運動に小田原メソジスト教会・小田原キリスト同胞教会が参加[89] 〃 小田原競馬倶楽部と足柄下郡畜産組合,競馬場存置運動を開始[280] 〃 市域内各小学校,報徳週間を設定し,児童に報徳思想の普及をはかる(~1935年)[47] 〃 新民謡「小田原節」「小田原小唄」(福田正夫作詞・福田蘭童作曲)が完成[79] 〃 片岡永左衛門『駅鈴余音』刊行 |
| 国内・国際 | 1.10 県,財政経済調査会規程を制定 1.11 金輸出解禁実施 1.21 ロンドン海軍軍縮会議開催 2.24 共産党神奈川2.24検挙 3.3 生糸相場暴落,横浜生糸市場恐慌状態 4.1 県立農林学校,県立吉田島農林学校と改称 4.15 県購買組合連合会設立認可 4.22 ロンドン海軍軍縮条約に調印 4.25 統帥権干犯問題おこる 5.1 第11回メーデー,川崎で竹槍武装デモ 5.3 県町村長会,震災復興借入金返還延期要求を決議 5.17 輸出補償法を公布 5.20 共産党シンパ事件,山田盛太郎・平野義太郎・三木清検挙 6.1 全国労働組合同盟結成 6.2 臨時産業合理局官制を公布 6.3 国産品愛用運動を開始 6.27 県知事,失業防止救済について訓令 6.━ 株式・綿糸・生糸・砂糖などの相場が暴落 7.20 全国大衆党結成 8.19 農漁村救済のため7000万円の融資を決定 8.25 全国町村長会,農村救済宣言を議決,政府に陳情 9.━ 陸軍中佐橋本欣五郎ら,桜会を結成 10.1 鉄道省,列車時刻を改正,特急列車燕号運転開始 10.2 ロンドン条約批准 10.27 台湾で反日蜂起(霧社事件) 10.━ 奥むめお,婦人セツルメントを設立 11.1 富士瓦斯紡績川崎工場で賃下げ反対スト,16日「煙突男」出現 11.14 浜口首相,狙撃され重傷 この年 世界恐慌が波及(昭和恐慌) 〃 県下各町村で教員給与の強制寄付を実施 この頃 「エロ・グロ・ナンセンス」が流行 |
時代区分
近現代(1871-2000)
西暦
1930
年号
昭和五年(一九三〇)丁卯
政治・経済・社会
1.17 国府津町公友会(政友会系,会長和泉国太郎)が創立[280]
2.20 第17回総選挙,岡崎久次郎・平川松太郎(民政),鈴木英雄・胎中楠右衛門(政友)が当選
3.14 小田原町水道委員会,水道水源を須雲川に決定[148]
3.30 小田原郵便局建築工事が竣工,事務取扱を開始[148]
4.19 足柄村,村の多額税源であった小田原紡織(株)の解散により,旧債の年賦償還が困難となったため,地租・営業税等の各付加税制限外課税を認められる(1929年から制限外課税を導入)[Ⅱ-166・170]
4.22 片浦村米神・石橋地区,片浦村からの分離独立を県に陳情[430]
5.━ 小田原町,湯本須雲川を水源とした上水道敷設を県に出願,湯本町会は県の諮問に対し絶対反対を申し合わせる[430]
6.━ 曽我村上曽我第1柑橘小組合が設立される[Ⅱ-237]
7.16 小田原町,酒匂村網一色に火葬場用地を買収し,県へ設置を出願[132]
7.18 酒匂村会,小田原町の火葬場移転反対を決議し,県へ反対を陳情[430]
7.25 足柄下郡町村,震災借入金返還延期の陳情運動を決定,小田原町は単独で運動を実施[280]
7.30 足柄民政倶楽部,足柄青年連盟(名誉会長永井柳太郎,顧問平川松太郎)を結成,発会式[280]
7.━ 酒匂村山王・網一色と足柄村今井の住民,火葬場移転反対運動を開始[430]
8.16 箱根登山鉄道(株),小田原一米神間に乗合自動車の営業を開始[384]
8.23 片浦村会,議員定数・小学校位置問題から議員が総辞職し,8月30日選挙,9月24日村長引責辞職,(1934年まで係争)[47,280]
8.28 小田原板橋水車組合,小田原町上水道の用水取水反対を県に陳情[35]
8.━ 片浦村江之浦震災復旧耕地整理事業が終了[119]
9.1 小田原町,社会委員を設置,事務取扱規則を施行(1937年方面委員と改称)[Ⅱ-267]
9.7 足柄政友倶楽部,不景気対策座談会を開催[430]
10.1 小田原町消防署を設置,消防組は改組して常設消防として発足[134,148]
〃 臼井欣五郎,臼井無料宿泊給食所を十字2丁目に開設[132]
〃 国勢調査,小田原町戸数5349,人口2万6148人[現-付]
10.2 山王川耕地整理組合,内紛と役員の不正から工事費がかさみ,組合員が山王川耕地整理組合革清会を組織し善後策を協議(山王川耕地整理問題)[Ⅱ-238]
10.4 小田原耕地整理出張所管内事業者(50数組合,総面積3500町歩),県に出張所の拡充と補助金交付を要求[Ⅱ-239]
10.14~16 (株)伊豆銀行小田原支店・足柄支店で取り付け[280]
11.20 大窪村,益田孝の後援で毛糸編物講習会を開催,1931年3月大窪編物会として三越本店へ販路を整える[35,36,408]
〃 田島村会,村税滞納整理を可決[430]
11.29 金田興行銀行が休業,下曽我支店を閉鎖[280]
12.27 中郡岡崎村の井沢勝之助,松田―国府津間乗合自動車の営業を開始[430]
12.━ 国府津町会,海岸にぬける防火道路開設を可決[430]
この年 足柄上郡岡本村ほか4か村組合(南足柄村・桜井村・曽我村・足柄村)が設立される[301]
〃 中郡・足柄上郡・足柄下郡の町村長,県の震災借入金利子の町村予算への計上要請に対し,利子支払延納運動を展開[430]
〃 足柄下郡農会と下曽我・田島・豊川・前羽・酒匂・足柄の各村吏員俸給は,不況のため5分から1割減となる[280]
〃 川辺家と山王一色漁業組合間の定置網漁業権に関する1924年以来の係争が和解[Ⅱ-216]
〃 小田原駅構内人力車組合,小型自動車営業者におされ,自動車営業へ転業する者が出はじめる[430]
〃 片浦村,福岡県より宮川早生の苗木3000本を導入[154]
文化・教育
1.1 下府中村,私立下府中学園を中里に設立,開校,1月8日から授業開始,千代小学校への同盟休校を開始[47,280]
1.8 小峰の黒田長成別邸が焼失[148,430]
2.4 保勝会,小田原城外郭の老松保存を県に陳情[38]
2.20 地震の回数が増加,震源は伊東と初島の間[148,430]
3.6 幸2丁目で火災,30戸が焼失[148]
3.━ 牧野信一,「吊籠と月光と」を『新潮』に発表
4.1 足柄下郡農業教育研究会が組織される[47]
4.13 小田原町震災復興祝賀式[148,430]
4.━ 牧野信一,「西部劇通信」を(『作品』)に発表
5.1 桃華女学校(下曽我村,設立者福原律太郎)が設立認可される[47]
5.17 小峰徳治,宮中武道大会で柔道渋川流の型を披露[430]
5.24 地震,時計の振子が止る[148]
6.26 下府中村,上府中村ほか2か村学校組合から分離,7月1日下府中村に分教場を仮設(1931年3月31日上府中村ほか2か村学校組合は解消)[47,228,280]
6.━ 横山和十郎,小田原読書家倶楽部を開業(新玉4丁目,私立通俗貸出図書館,~1932年)[114]
〃 足柄下郡女教員会が組織を復活(1931年6月初等教育研究会に編入される)[47]
10.12 頼朝会発会式[430]
10.30 鈴木清,町長・文部省より孝子表彰をうける[148]
11.3 賀川豊彦祈禱会,国府津メソジスト教会で開催される[89]
11.12 昭和天皇乗車の車輛,国府津駅にはじめて停車[430]
11.16 県廃娼期成会,廃娼運動講演会を小田原キリスト同胞教会で開催[89]
11.24 道了尊,東京御巡錫,帰山の神輿通過で町内にぎわう[430]
11.25 国府津町で火災,30戸が焼失[148,430]
11.26 午前4時3分強震,震度5(北伊豆地震),震源は伊豆修善寺付近で,箱根山を中心に被害,東海道線・熱海線不通,道路に亀裂が生じ,電灯・ガスの供給が止まる[148,430]
11.━ 御用邸敷地一部払下げ,城址公園敷地となる[134]
12.8 陸軍陸地測量部,北伊豆地震による土地変動調査を実施(~1931年1月)[430]
12.19 小田原御用邸が廃止され,県に有償譲渡[267]
12.23 小田原町,震災復興功労者に感謝状,金・銀・木盃を授与,義捐金の使途方法から返納する者も出て非難の声があがる[280]
この年 小田原町青年会連合団13支部と筋違橋青年会が足柄下郡青年会連合青年団に加盟[47]
〃 湘南地方神の国運動に小田原メソジスト教会・小田原キリスト同胞教会が参加[89]
〃 小田原競馬倶楽部と足柄下郡畜産組合,競馬場存置運動を開始[280]
〃 市域内各小学校,報徳週間を設定し,児童に報徳思想の普及をはかる(~1935年)[47]
〃 新民謡「小田原節」「小田原小唄」(福田正夫作詞・福田蘭童作曲)が完成[79]
〃 片岡永左衛門『駅鈴余音』刊行
国内・国際
1.10 県,財政経済調査会規程を制定
1.11 金輸出解禁実施
1.21 ロンドン海軍軍縮会議開催
2.24 共産党神奈川2.24検挙
3.3 生糸相場暴落,横浜生糸市場恐慌状態
4.1 県立農林学校,県立吉田島農林学校と改称
4.15 県購買組合連合会設立認可
4.22 ロンドン海軍軍縮条約に調印
4.25 統帥権干犯問題おこる
5.1 第11回メーデー,川崎で竹槍武装デモ
5.3 県町村長会,震災復興借入金返還延期要求を決議
5.17 輸出補償法を公布
5.20 共産党シンパ事件,山田盛太郎・平野義太郎・三木清検挙
6.1 全国労働組合同盟結成
6.2 臨時産業合理局官制を公布
6.3 国産品愛用運動を開始
6.27 県知事,失業防止救済について訓令
6.━ 株式・綿糸・生糸・砂糖などの相場が暴落
7.20 全国大衆党結成
8.19 農漁村救済のため7000万円の融資を決定
8.25 全国町村長会,農村救済宣言を議決,政府に陳情
9.━ 陸軍中佐橋本欣五郎ら,桜会を結成
10.1 鉄道省,列車時刻を改正,特急列車燕号運転開始
10.2 ロンドン条約批准
10.27 台湾で反日蜂起(霧社事件)
10.━ 奥むめお,婦人セツルメントを設立
11.1 富士瓦斯紡績川崎工場で賃下げ反対スト,16日「煙突男」出現
11.14 浜口首相,狙撃され重傷
この年 世界恐慌が波及(昭和恐慌)
〃 県下各町村で教員給与の強制寄付を実施
この頃 「エロ・グロ・ナンセンス」が流行